藤棚の前のおすまし姉妹かな 魅歌 [日記・雑感]
つい一昨年前くらいまでは、
毎年たのしみにしている地元の藤棚があった。
幼い時代を過ごした沼袋の線路際に立つ
一軒家の壁面を覆う見事な藤棚。
今年も『禅定院』の牡丹苑を観たあとに
まわってみたが、跡形もなかった。
丹精するのが苦になったのか、
それともコロナ禍のせいなのか。
残念のひとことに尽きる。
こちらは、我が家から徒歩5分ほどの、
地元民たちが”お屋敷町”と呼びならう一角の藤棚、今年も健在。
撮影しようと身構えるに、なかなか順番が来ない。
幼い姉妹を撮影する父母が時間をかけているのだ。
姉は5歳くらい、妹は3歳くらいか、
この年頃の子にポーズをつけさせるのは難しいとわかっている。
他者に近づかない生活を続けている我々であるから、
道の向かい側で辛抱強く待つ。
可愛いショットを撮ろうと、
なだめたりすかしたりの両親。
どこ吹く風で動き続ける子ら。
20数年前の我が子らの姿がよみがえる。
ハイパーな姉、聞き分けのいい弟であった。
藤の花は、ひとを遠い記憶の彼方に運んでくれる花だなあ・・・
毎年たのしみにしている地元の藤棚があった。
幼い時代を過ごした沼袋の線路際に立つ
一軒家の壁面を覆う見事な藤棚。
今年も『禅定院』の牡丹苑を観たあとに
まわってみたが、跡形もなかった。
丹精するのが苦になったのか、
それともコロナ禍のせいなのか。
残念のひとことに尽きる。
こちらは、我が家から徒歩5分ほどの、
地元民たちが”お屋敷町”と呼びならう一角の藤棚、今年も健在。
撮影しようと身構えるに、なかなか順番が来ない。
幼い姉妹を撮影する父母が時間をかけているのだ。
姉は5歳くらい、妹は3歳くらいか、
この年頃の子にポーズをつけさせるのは難しいとわかっている。
他者に近づかない生活を続けている我々であるから、
道の向かい側で辛抱強く待つ。
可愛いショットを撮ろうと、
なだめたりすかしたりの両親。
どこ吹く風で動き続ける子ら。
20数年前の我が子らの姿がよみがえる。
ハイパーな姉、聞き分けのいい弟であった。
藤の花は、ひとを遠い記憶の彼方に運んでくれる花だなあ・・・